更上一層楼

私がとっても好きな言葉です。
もともとの意味は、「登鸛雀楼」という漢詩から来ています。

「登鸛雀楼」は中国・唐の詩人「王之渙」という人の作品です。

白日依山尽
黄河入海流
慾窮千里目
更上一層楼

白日は山に依って尽き
黄河は海に入って流れ
千里の目を窮めんと欲し
更に楼の一層を上る

作者は鸛雀楼という建物に登って景色を見ている。
太陽が山に沈んでいく、そして足下から黄河が海に向かって流れていく。
きっと黄河の水は海の中ですぐに海水とは交わらず、一筋の道となってさらに海の向こうに流れていくはずだ。
それを見てみたい。もっと遠くを見てみたい。千里の向こうまで見渡したい。
そうだ、それにはもう一階上に登ってみる事にしよう。

遠くまで見渡すなら、もっと上に登る必要がある。
これは表面的な意味だけではなく、「物事を広く識るためには、努力して自分が向上する必要がある。努力して自分が向上すれば、自然と広い視野で周りを見渡せる」という意味です。

この詩には直接は詠われていないですが、恐らく黄河は夕日に染められてキラキラと輝いているはずです。

これと良く似た言葉で「芝麻開花、節節高」という言葉があります。
ゴマの花が開く時、どんどんと節が上に伸びて花が咲くという意味です。
そしてそれは自分たちが成長していく様子を表現しています。
「活到老、学到老」。
生きている限り、常に勉強。
老中医の精神で頑張りたいと思っています。

中国語と日本語

中国語と日本語、漢字を見ていると何となく意味が分かるのですが、食い違う部分がよくあります。
えっ!と思う事をいくつかあげてみます。

手紙 トイレットペーパー(衛生紙とも言う) 日本の手紙は信
湯   粘度の少ないスープ (粘度の高いものは羹という) 日本語の湯は開水
新聞  ニュース  日本語の新聞は報
娘   お母さん   日本語の娘は姑娘
裏   内側    日本語の裏は背面 建物の裏側は后面
愛人   奥さん、またはご主人  日本語の愛人は情人
丈夫  ご主人  日本語の丈夫は堅固
大事  おおきな事件。大切の意味はない。  日本語の大切は愛惜
下流  川の下流以外に、卑しい、下品の意味がある。
工夫  暇とか時間。 日本語の工夫は研究
好容易   字を見ると、「とっても簡単」と翻訳しそうですが、実は真逆で「やっとの事で」の意味。ただし、文末に好容易が来る場合は「簡単なもんだ!」の意味になってしまう。
好不容易  好容易の否定形と思いきや、意味は好容易と同じで「やっとの事で」の意味。文末に好不容易がくると、「すごく大変だったぞ!」の意味。

意味が通じないならまだ良いのですが、誤解を招く恐れがあるので要注意です。

漢方は医療なのか文化なのか?

漢方は病気を治すという目的では医療そのものです。
ただ、もう一つ、漢方には文化という側面も持っています。
日本では医療の一部としてしか漢方は考えられていませんが、中国、台湾、韓国では違います。
その国の文化として、しっかりと根付いています。
例えば韓国。何処に行っても「鹿茸」や「人参」が見られます。
料理の中にも人参をよく使っています。
そして、韓国人のうちの半分くらいの人は病気でなくても健康維持や美容のために何らかの漢方薬を飲んでいるそうです。
台湾とはというと、野菜を売るように漢方薬を売っています。
また、青汁のような漢方ジュースもあります。
この生薬にはこういった効能があるという事もよく知られています。
つまり健康維持として漢方は広く普及しているのです。
これらの物は長い歴史の中でその国の文化として根付いています。
日本では残念ながら漢方の普及率は高くありません。
また漢方は医療の一部で文化と言える程、国民に支持されていません。
いつか日本にも漢方文化が根付くと良いと思っています。

難産のお札(おふだ

験方新編という清の時代の書物に難産の時のお札(おふだ)の書き方が記載されています。
験方新編はれっきとした中医学の古典で、とても有用な書物です。
では何故、このような非科学的なお札の書き方が記載されていたのでしょうか?
難産は、現在では帝王切開がありますから直接命にかかわるケースは少なくなっています。
しかしまだ清の時代は帝王切開の技術がありませんでした。
この為、難産で命を落とす女性は沢山いたと思われます。
勿論、難産の漢方処方は沢山あります。
しかしやはり飲み薬では限界がありました。
人間は限界になると、何かの心理的なよりどころが必要になります。
こうしたお札で、少しでも心理的な負担を軽くしようとしたのでは無いでしょうか。
さすがに現代中医学ではお札の書き方までは勉強しません。
このような迷信的なものを単純に非科学的と頭から否定しないで、時代の流れの中で、
どうしてこの時代にこのようなものが必要とされていたかを理解する事も中医学を学ぶ者として大切だと思います。

放長線釣大魚

中国では有名な諺です。
ここでの線は釣り糸の意味です。
直訳すれば、「長い釣り糸を放ち、大きな魚を釣る」の意味になります。
長い釣り糸を放つとは、「あわてないで、準備万端調えて、じっくりと獲物を狙う」の意味です。
そのようにすると、大物がつれるという意味です。
日本語の「急いては事をし損じる」に近い意味もありますが、微妙に違います。
何故、これを取り上げたかというと、あわてないで漢方の不妊治療に取り組んで欲しいという思いがあります。
排卵誘発剤で、お手軽な排卵を狙うのも良いですが、しっかりした体質改善で妊娠という大魚を狙うのも良いのではと思います。

人挪活,樹挪死

今回は中医用語でなくて、一般の中国語です。
「挪」は、移動するという意味です。
人は、同じ所にずっと止まっていると飽きてきます。
ですから、適度に環境を変えて気分転換する事が大切です。
これに対して、樹木は、植え替えを何回も行うと枯れてしまいます。
つまり、「人は皆、チャレンジ、チャレンジ」ですね。

陰陽二字、固以対待而言、所指無定所

意味としては、「陰陽という事柄を意味する2文字は、もとより比べてみて言えることで、決まった物を指すわけではない」となります。
元の時代の朱震亨という人が述べたものです。
中医学を学んだ人は、よく血は陰で、気は陽といいます。
また低温期は陰で、高温期は陽といいます。
しかし、絶対的な陰と陽は存在しません。
2つのものを比較して始めて、どちらかが陰、どちらがが陽となります。

車到山前必有路

この言葉は必ずしも中医学の言葉ではなくて、中国語ではとても有名なことわざです。
山を遠くから見ていても、そこに山を越える道があるかは解りません。
しかし、まずは山に近づいてみると、必ず何処かに道があるよという意味です。
何か困難にぶつかった時、心配しない困難に向かっていけば、必ず解決の方法が見つかるという意味です。
もう少し気楽に、「まあ、なんとかなるさ」という意味にとらえても良いでしょう。
日本語で「案ずるより産むが易し」という言葉と共通しています。
「当たって砕けろ」よりも、スマートだと思います。
私のとても好きな言葉です。

上善若水、下愚如火

脈診について一段落しましたので、今日から中医の名言についていくつか解説しようと思います。
第1回目は「上善若水、下愚如火」です。
中医の養生について述べたもので、養神(こころを養う)事の大切さを述べています。
養神のキーポイントは「静」にあります。
心を水のように静かに落ち着かせる事が養生として大切で、火ようにいつも怒っていてはなかなか養神は出来ないという事です。
素問では、「人静则神气内藏,含蓄不露;躁动无度则神气消亡」
「人間は静かなら神気を内蔵して外には見えない、騒がしいと神気は消耗して身体や命を損じる」と述べています。
理屈はとてもよくわかりますが、実際にはなかなか難しい事ですね。

黄色は中央

五行を方角であてはめると、北は黒で水(腎)、南は赤で火(心)、東は青で木(肝)、西は白で金(肺)になります。
そうすると、黄で土(脾)の部分が余ってしまいます。
そこで、黄土をなんと中央にあてあめます。中央って方角なの?と思いますが、中央は方角の中で一番偉く東西南北を支配しています。
ですから、中国の皇帝は、黄帝といい、いつも黄色い服を着ています。
五行を数であらわしたものを生数といいます。水は1、火は2、木は3、金は4、そして土は5です。
土は中央で、四方に影響力をおよぼします。
ですから、水の1は、中央5の影響をうけ、5+1で6になります。これを成数といいます。
他の方角も同じです。
これを別な見方からいうと、5は脾で、後天の代表です。
人間は先天的な部分と後天的な部分をもちあわせています。
ですから、先天の部分に後天の部分をあわせて成数とします。
ちょうど脈診で、後天の胃気はすべての部位に現れる事と似ています。