食滞 しょくたい

食滞というのは、文字通り食べたものが滞る状態。
では、何故食滞がおこるかというと、消化能力以上のものを食べた場合に食滞がおこります。
当たり前の話ですが、実はそんなに単純にいかないのです。
消化能力といっても、個人差があります。季節差もあります。時間の差もあります。気温、疲れ具合、体調によっても左右されます。
また、食べる種類によっても差があります。
ある人は甘い物の消化力はつよくても、お酒は駄目。
ある人はお酒は得意でも、生ものは駄目とか。
日頃から、自分の消化能力を把握しておく事が食滞を防ぐ一番の方法です。

温度について言えば、脂物は胃腸の温度が下がると吸収が悪くなります。
ですから脂っこいものを食べる時は冷たいものは気をつけます。
そうは言ってもビールと焼き肉、美味しいですよね。
その場合はビールを口の中で温めるように、ちびちびと飲むと良いでしょう。
えっ、せこい飲み方? 健康の為ですから、そのぐらい我慢して下さいね。
タンパク質は生ですと消化が悪く、長く煮込むと消化がよくなります。
ですから胃腸が弱い人は刺身などよりシチューのようなものが適しています。

では、体質的に消化能力が低い人はどうすれば良いでしょうか?
一つは、健脾の漢方薬を続け、胃腸を強化する方法です。
これは、速効性はありませんが、根本治療に近い、とても良い方法です。
また、消導薬は、服用すれば一時的に消化能力がUPします。
ちょっとヤバイかなという場合とか、風邪などで消化能力が落ちている場合に消導薬を利用するのはお勧めです。

食滞がたまってくると、お腹が張る、口がまずい、口臭、げっぷ、ガスなどがおこります。
また、舌の苔が厚くなってきます。
宿便なども食滞の一部です。

消導薬と健脾薬を上手に使って、食滞にならないように注意しましょう。

消導薬

健脾と消導の区別が訳が解らなくなって来ましたね。
食後はだれでも胃がふくれます。
これがある時間たつと、また平らになります。
平らにならないポッコリお腹の人は別です。(~_~;)
これは、食べたものが消えて、下に導かれたためです。
この作用が「消導」です。
消導は脾の働きの一部です。
ですで、健脾薬があれば消導薬は消導薬は要らないのではと思われます。
しかし、中医学では健脾薬と消導薬は使い分けています。

体質的に胃腸が弱く、常々食欲がない、やせて体力が無い。
このような体質の人は脾虚といいます。
このような場合は、消導薬でなくて健脾薬を使います。
健脾薬は胃腸を丈夫にする働きがありますが、消導薬は一時的に消化を助けますが、胃腸を丈夫にする働きはありません。

食べ過ぎ、飲み過ぎで胃が苦しい...こんな時は消導薬の出番になります。
あまり胃腸の弱い人で少し食べても胃がもたれる。
このような場合は胃腸を丈夫にする健脾薬と消化を助ける消導薬を同時につかいます。

消導薬の代表は山査子、神麹、麦芽、蒼朮などです。
これらのものには酵素が沢山ふくまれて、食べたものを分解しやすくします。
また、胃液や胆汁、膵液などの分泌をよくしたり、胃腸の蠕動運動を活発にします。
ただし消導薬の作用は一時的で、続けて飲んでいて胃腸が丈夫になるという事はあまりありません。
ですので、胃腸が弱い場合は健脾と消導をうまく使い分ける事が必要です。
単なる暴飲暴食の場合は消導だけで健脾は必要ありません。

さて、次回は、消導薬とは切っても切れない、食滞についてお話しします。

健脾薬

脾の働きを良くする事を健脾と言い、その作用を持つ漢方薬を健脾薬と言います。
健脾薬の代表は、人参、白朮、茯苓などです。
人参はいわゆる朝鮮人参で、野菜の人参ではありません。
野菜の人参で胃腸が丈夫になるなら、とっても安上がりで良いのですが。

人参は昔から高価な薬の代表でした。
今でも野生の人参はなかなか採れないため、とても高価です。
また人参は生長がとても遅いので、薬になるまで何年もかかります。
何十年ものの野生の人参は起死回生の効果があるとして、今でもびっくりするくりい高価で取引されています。
こんなものはとても飲めないですが、栽培のもので500gで1万円から2万円くらいのものでも充分に健脾の高価が期待出来ます。
使うのは2gからせいぜい5gくらいですから、1日分としてはそんなに高くはありません。

さて、先ほどの人参、白朮、茯苓とさらに甘草を加えたものが四君子湯です。
四君子湯は健脾薬の基本処方です。
ただ、胃腸を丈夫にする事と、消化を助ける事は、中医学では少し別に考える事があります。
この場合、胃腸を丈夫にするのは「健脾」で、消化を助けるのが「消導」といいます。
先ほどの健脾薬の代表方剤、四君子湯。これは健脾の力はあっても消導の力はあまりありません。
さてさて、少し混乱してきましたね。
次回で、もう少し詳しくお話しいたします。

脾の働き

脾、というと「脾臓」。
脾臓って何処だっけ?何の働き?っていう方も多いのでは。
現代医学の脾臓は、リンパ球を成熟させたり、いらなくなった血液を壊す働きといわれています。
貧血がひどい場合は脾臓を摘出したりしますから、無くなっても命にかかわる事はありません。
これに対して東洋医学、つまり中医学での脾臓は、なくなったらとても生きていられません。
中医学では脾臓は胃腸の消化吸収の機能を代表した臓器です。
じゃあ、胃腸なの?というと、そうでもありません。
難しいですね。
例えば膵臓。ここからは膵液が出て、色々なものの消化や吸収を助けます。
肝臓からは胆汁が出て、脂の吸収を助けます。
こんなものも脾臓の一部と考えます。
勿論、小腸などの吸収する力は脾臓の一部です。
私なりに解説すると、脾とは「食べたものを吸収して体に必要なものに変化させ、必要な場所に運ぶ機能を有するとされる架空の臓器」という事になります。
架空なので、全く実体が無いかというと、そうでもなくて、先ほど述べたような膵臓とか、肝臓の一部とか、小腸とか...
あまり難しく考えないで、なんとなく漠然と理解するのが中医学をマスターするこつです。

六味丸

六味地黄丸は補腎陰薬に分類されています。
ただ、純粋な補腎薬ではありません。
非常に巧妙につくられています。
まず三補、三泻といって、補うものが3つ、汚れを綺麗にするものが3つ配合されています。
補うものは地黄、山薬、山茱萸です。
それぞれ腎、脾、肝の陰を養う働きがあります。
汚れを綺麗にする部分としては、
沢瀉、牡丹皮、茯苓が配合されています。
沢瀉は腎の中の余分な水、牡丹皮は肝の淤血、茯苓は脾の中の水の流れを改善します。

落ちている気を持ち上げる

体も引力の影響を受けます。
ですので、気がいろいろなものを持ち上げていないと、みな下に降りてしまいます。
気のこのような持ち上げる力を「昇提作用 しょうていさよう」と言います。
例えば、胃下垂、脱肛、游走腎などの内臓の下垂をはじめ、呼吸困難、人事不省なども気が上がらないためです。
軽いものではめまいや眠気などがあります。
気の昇提作用を助ける作用の生薬は沢山あります。
発散させる作用のあるのは殆ど上に昇る性質があります。
また花を部位とする生薬は旋覆花を除いて皆上に昇ると言われています。
こうしたものを補気薬と組み合わせルと益気昇提作用の処方が出来上がります。
よく使われるものは、黄耆、人参、白朮などの補気薬に、柴胡、升麻、桔梗、荊芥などをあわせます。
代表方剤は補中益気湯や升陥湯です。
升陥湯は日本では使われませんが、中国では常用処方の一つです。

胆は決断力

胆は、西洋医学では胆嚢で、胆汁を入れる袋です。
手術でとってしまっても、そう大きな問題はありません。
しかし、中医学ではとても大切な役割をしていると考えます。
大胆という言葉が示すように、大胆な人は決断力があります。
つまり胆は決断力と関係しているのです。
肝っ玉という言葉があります。
肝臓にくっついている玉、つまり胆嚢を指すと思われます。
肝っ玉が大きいとう事は大胆と同じです。
これに反して肝っ玉が小さい場合は、絶えず不安になります。
温胆湯は痰湿をとる作用として有名ですが、もともとは肝っ玉を大きくする為に考えられたものです。
痰湿が胆にたまると、小さい音に驚き、絶えずびくびくします。
ちょっとした事で肝を冷やす事になります。
痰湿をとる事で肝っ玉が冷えなくなるという事で温胆湯と名付けられました。

脾は運化を司る

中医学の用語で、脾は運化を司るとあります。
この運化とは何を意味しているのでしょうか?
運ははこぶ、化は変化させる作用です。
現代医学的に言えば、運は食べたものを吸収する作用です。
胃に蓄えられた食物は、膵臓からの消化酵素や胆汁などと一緒に小腸から吸収され肝臓に運ばれます。
このあたりまでが運という作用になります。
そこから先が化です。
化は新陳代謝を意味します。
肝臓の代謝機能、細胞での代謝などは化の部分になります。
脾の病気を考える時、運についてはよく考えますが、化の部分はあまり注意が払われないという事があります。
例えば、食欲が無いとか、消化しないとか、下痢をするなどは脾の運に問題があるとすぐに解ります。
しかし、代謝が落ちているとか、疲れやすいなどの場合は脾の化に問題があります。
運に問題がなく化に問題がある場合、脾との関連性に気がつかない事も多くあります。
脾の化の作用を強めるのはやはり人参が1番でしょう。
これに対して茯苓、白朮は運に対しての効果になります。
処方で言えば、四君子湯はやや運に、人参湯はやや化に重点をおいた処方です。
運と化の違いを考えると、この違いがよく理解出来ます。

漢方は医療なのか文化なのか?

漢方は病気を治すという目的では医療そのものです。
ただ、もう一つ、漢方には文化という側面も持っています。
日本では医療の一部としてしか漢方は考えられていませんが、中国、台湾、韓国では違います。
その国の文化として、しっかりと根付いています。
例えば韓国。何処に行っても「鹿茸」や「人参」が見られます。
料理の中にも人参をよく使っています。
そして、韓国人のうちの半分くらいの人は病気でなくても健康維持や美容のために何らかの漢方薬を飲んでいるそうです。
台湾とはというと、野菜を売るように漢方薬を売っています。
また、青汁のような漢方ジュースもあります。
この生薬にはこういった効能があるという事もよく知られています。
つまり健康維持として漢方は広く普及しているのです。
これらの物は長い歴史の中でその国の文化として根付いています。
日本では残念ながら漢方の普及率は高くありません。
また漢方は医療の一部で文化と言える程、国民に支持されていません。
いつか日本にも漢方文化が根付くと良いと思っています。

難産のお札(おふだ

験方新編という清の時代の書物に難産の時のお札(おふだ)の書き方が記載されています。
験方新編はれっきとした中医学の古典で、とても有用な書物です。
では何故、このような非科学的なお札の書き方が記載されていたのでしょうか?
難産は、現在では帝王切開がありますから直接命にかかわるケースは少なくなっています。
しかしまだ清の時代は帝王切開の技術がありませんでした。
この為、難産で命を落とす女性は沢山いたと思われます。
勿論、難産の漢方処方は沢山あります。
しかしやはり飲み薬では限界がありました。
人間は限界になると、何かの心理的なよりどころが必要になります。
こうしたお札で、少しでも心理的な負担を軽くしようとしたのでは無いでしょうか。
さすがに現代中医学ではお札の書き方までは勉強しません。
このような迷信的なものを単純に非科学的と頭から否定しないで、時代の流れの中で、
どうしてこの時代にこのようなものが必要とされていたかを理解する事も中医学を学ぶ者として大切だと思います。

強人傷寒発其汗、虚人傷寒建其中

強人とは、体力のある人です。
日本漢方で言う実証のような体質の人です。
そのような人は、風邪やインフルエンザなどに傷寒にかかった時は、麻黄湯とか葛根湯なとで発汗すると治ります。
ただ、発汗にはある程度の体力が必要です。
ですから、体力の無い人に無理に発汗してしまうと、体力を消耗してしまいます。
このような事から、虚人、つまり体力の無い人は、建中、つまり胃腸を調えるという方法を優先されましょうと言う意味です。
虚証の人に発汗剤が使えないという事ではありません。
あまり強い発汗薬ではなく、また同時に健脾も考えましょうという意味です。
このような事で生まれた処方が参蘇飲です。

治身、太上養神、其次養形。

准南子の言葉です。
形というのは、肉体を意味しています。
神は精神です。
病気を治療するのは、まず精神を養う事が1番大切で、身体を治療するのはその次であるの意味です。
精神的な部分がしっかりしていないと、いくら良い治療をしても効果が出にくいという事です。
ストレスの多い現代社会において、とても名言だと思います。

放長線釣大魚

中国では有名な諺です。
ここでの線は釣り糸の意味です。
直訳すれば、「長い釣り糸を放ち、大きな魚を釣る」の意味になります。
長い釣り糸を放つとは、「あわてないで、準備万端調えて、じっくりと獲物を狙う」の意味です。
そのようにすると、大物がつれるという意味です。
日本語の「急いては事をし損じる」に近い意味もありますが、微妙に違います。
何故、これを取り上げたかというと、あわてないで漢方の不妊治療に取り組んで欲しいという思いがあります。
排卵誘発剤で、お手軽な排卵を狙うのも良いですが、しっかりした体質改善で妊娠という大魚を狙うのも良いのではと思います。

活到老、学到老

これは、老中医がよく使う言葉です。
日本語に翻訳すると、「生きている限り勉強だ」という意味です。
中医学は奥が深く、全部勉強するには一生かかっても足りません。
今も昔も偉大な中医師は、亡くなる直前まで勉強を続けていました。
私も活到老、学到老の精神で頑張りたいと思います。

昼発熱者従、昼発寒者逆

1日の中で陰陽の状態は変化しています。
これに従って、体内の陰陽もまた変化しています。
朝から夕方までは、陽気が、衰 → 盛 → 衰 という過程をとります。
また夕方から明け方までは、陰気が 衰 → 盛 → 衰 という過程になります。
人間の体もこれにあわせて変化します。
ですので、昼の陽気の多い時期に、発熱するのは「従 (順)」であり、陽気の多い時期に冷えるのは「逆」になります。
一般に、順よりも逆の方が病気が重いと考えます。

人挪活,樹挪死

今回は中医用語でなくて、一般の中国語です。
「挪」は、移動するという意味です。
人は、同じ所にずっと止まっていると飽きてきます。
ですから、適度に環境を変えて気分転換する事が大切です。
これに対して、樹木は、植え替えを何回も行うと枯れてしまいます。
つまり、「人は皆、チャレンジ、チャレンジ」ですね。

陰陽二字、固以対待而言、所指無定所

意味としては、「陰陽という事柄を意味する2文字は、もとより比べてみて言えることで、決まった物を指すわけではない」となります。
元の時代の朱震亨という人が述べたものです。
中医学を学んだ人は、よく血は陰で、気は陽といいます。
また低温期は陰で、高温期は陽といいます。
しかし、絶対的な陰と陽は存在しません。
2つのものを比較して始めて、どちらかが陰、どちらがが陽となります。

車到山前必有路

この言葉は必ずしも中医学の言葉ではなくて、中国語ではとても有名なことわざです。
山を遠くから見ていても、そこに山を越える道があるかは解りません。
しかし、まずは山に近づいてみると、必ず何処かに道があるよという意味です。
何か困難にぶつかった時、心配しない困難に向かっていけば、必ず解決の方法が見つかるという意味です。
もう少し気楽に、「まあ、なんとかなるさ」という意味にとらえても良いでしょう。
日本語で「案ずるより産むが易し」という言葉と共通しています。
「当たって砕けろ」よりも、スマートだと思います。
私のとても好きな言葉です。

上善若水、下愚如火

脈診について一段落しましたので、今日から中医の名言についていくつか解説しようと思います。
第1回目は「上善若水、下愚如火」です。
中医の養生について述べたもので、養神(こころを養う)事の大切さを述べています。
養神のキーポイントは「静」にあります。
心を水のように静かに落ち着かせる事が養生として大切で、火ようにいつも怒っていてはなかなか養神は出来ないという事です。
素問では、「人静则神气内藏,含蓄不露;躁动无度则神气消亡」
「人間は静かなら神気を内蔵して外には見えない、騒がしいと神気は消耗して身体や命を損じる」と述べています。
理屈はとてもよくわかりますが、実際にはなかなか難しい事ですね。

脈の部位

さて、ここまで主に脈の形状について説明して来ましたので、これから脈の部位について説明します。
古代の脈診は手首の脈だけでなく、足首の脈や首の脈など様々な部位で脈診をしました。
しかし、それでは診察がとても大変です。
最近は手首の脈の部位を「寸、関、尺」と分けて、それぞれ上半身(上焦)、まん中(中焦)、下半身(下焦)とします。
左右により、次のような対応になります。
 左 寸  心
 左 関  肝
 左 尺  腎(子宮)

 右 寸  肺
 右 関  脾
 右 尺  命門(卵巣)

このようになります。
よく見ると、左は血に関係する臓、右は気に関係する臓になっています。

例えば、右の寸脈が弱い場合は、肺気虚の事が多く、風邪をひきやすい、息切れがしやすいなどがあります。
右の寸脈が異常に強い場合は、肺に痰濁がたまっている事が考えられます。
この場合は、喘促、呼吸困難などがあります。
右の関脈が弱い場合は、脾気虚で、胃腸が弱く、食べても太らないとか、下痢しやすいなどがあります。
胃の手術をしたような場合も右の関脈がとても弱くなる事があります。
右の関脈が強すぎる場合は食滞で、食べ過ぎ、飲み過ぎの事が多いようです。便秘の場合もあります。
右の尺脉が弱い場合は腎陽虚で、冷えやすい体質の事が多くあります。

左の寸脈が弱い場合は、心の気虚や血虚で、動悸、めまい、たちくらみ、不安感などが出やすいです。
左の寸脈が強すぎる場合は、心に邪気が多い状態で、のぼせ、イライラ、不眠、鼻血、高血圧などがあります。
左の関脈が弱い場合は、肝気虚か肝血不足です。
逆に左の関脈が強すぎる場合は、肝火とか肝鬱です。
肝鬱の場合は弦脈になりやすく、肝火は洪脈か滑脈になりやすいです。
左の尺脉が弱い場合は、腎陰虚が多くみられます。
また左の尺脉が強すぎる場合は、腎や膀胱に水邪などがたまっている場合にあります。
排尿困難や排尿痛、むくみなどがおこりやすくなります。

昔、今のようにCTだのエコーだのが無い場合、脈は重要な手がかりとなりました。

ただ、脈はある程度の目安で、脈だけで断定する事は出ません。
かならず他の症状と照らし合わせて考える事が大切です。

脈診は非科学的なものではありません。
非常に多くの患者さんの統計と考えてください。

短脈

短脈は長脈の反対で、指の幅1本くらいの短い脈です。
短脈は、気に問題があるとされる脈で、力がある場合は気滞、力が無い場合は気虚を意味します。
また、短脈で滑脈がみられる場合は、胆気虚で痰湿がたまっている場合によくみられます。

長脈

脈は、通常では指の横幅3本分の長さです。
これより長い脈を長脈と言います。
長脈は気血が充実している場合です。
健康な人に長脈がみられるのは良い状態です。
ただ、体内に熱がこもっているような場合にも長脈はよくみられます。
このような場合は交感神経が興奮している事が多く、イライラしたり、不眠になったりします。

牢脈

牢脈とは、沈んでいて、太く固く、また動かない脈です。
牢は閉じ込めるという意味ですから、閉じ込められた脈です。
意味としては邪実で、邪気が裏にあるという意味です。
多くは寒邪ですが、熱邪の場合や食滞などの場合もあります。
もし、虚証で見られる場合は、体証と脈証があっていない事になり、あまり良い状態ではありません。
冬の寒い時期はたまに牢脈がみられますが、夏はあまりみられません。

散脈

散脈は、浮で力がなく、強く触れると散ってなくなってしまう脈です。
速さも一定ではありません。
このような脈がみられるのは、元気が散乱している状態で、危険な状態です。
当然、お店に来られるような方ではこのような脈の人はありません。

革脈

革脈は弦脈に似ていますが、弦脈より少し太い事が多いです。
また、浮脈になる事が殆どです。
太くて、浮いていて、大きく力強い感じの脈ですが、少し力を入れてみると中が空洞のような感じがします。
革脈は実ではなく、虚の脈です。
気虚や陽虚でよく見られます。
もし血虚の場合で革脈が見られる場合は、陽気が脱しようとしている場合があり、これはあまり良くありません。
革脈は、長脈になりやすく、疲れやすい、動悸、不眠、多汗などを同時にうったえる事が多い脈です。

緊脈

緊脈は、弦脈に似ています。
弦脈よりもっと固く、ちょうど弦脈を、こよりのようによって、つよくした感じです。
弦脈との区別はあいまいで、どこまでが弦脈で、どこからが緊脈なのかという判断は、診察する人の主観が入ります。
意味としては、弦脈とほぼ同じですが、慢性病で緊脈が出る事は少なく、殆どが急性病になります。
風寒の邪気が体表をおかしたような場合によくみられる脈です。
また、強い痛みなどでも緊脈が出ます。
緊脈は体に強いストレスを受けている状態ですから、緊脈が長く続くのは良くありません。
ですから緊脈が見られた場合は、適切な治療が必要になります。

弦脈

弦脈とは、脈が固く、ちょうど弓の弦のような状態の脈です。
血管が収縮している状態と考えられます。
血管が収縮する原因としては、寒さ、ストレス、痛みなどがあります。
時に弦脈で、非常に長い脈の事があります。
このような場合は交感神経が興奮している事が多く、不眠症やイライラなどを伴う事が多いようです。
逍遥散を使うような場合は、弦でも細で、力は弱く、四逆散の場合は弦でもやや沈の事が多くなります。
弦脈の人は緊張しやすいタイプが多いので、つねにリラックスするように心がける事が大切です。

渋脈

渋脈は澀脈とも良い、流れが悪い状態の脈で、ちょうど滑脈の反対の脈になります。
中医学的な意味は、血液の汚れ、瘀血を意味しますが、それ以外にも血の不足(血虚)や気虚でも渋脈が出る事があります。
滑脈はちょっと慣れるとよく解る脈なのですが、渋脈が解るようになるには、少し訓練が要ります。
渋脈の渋るという感覚は口で説明出来ない感覚なので、誰かに教えてもらわないとなかなか解りません。
しかし、一度解ってしまうと、意外に渋脈の人は多いものです。

滑脈

滑脈は、流れが円滑な脈で、指にふれると玉がころころところがっているような感覚の脈です。
痰(汚れた水、脂、繊維)などが多い時にみられる脈ですが、それ以外によく見られるのが妊娠です。
中国や韓国の時代劇で、この脈がよく登場します。
妊娠検査薬やエコーがなかった時代は脈で妊娠なのか生理不順なのか判断しましまた。
妊娠でなくても高温期にはよく滑脈が診られます。
滑脈の条件としては、血管が軟らかく、かつ、流れがスムースな時にみられます。

もし、滑脈で、関の脈しか触れない場合は短脈となり、痰湿が多い場合の脈です。
滑脈で、寸関尺ともバランスよく触れる場合は、妊娠とか高温期、また気血がさかんな場合です。

沈脈

沈脈は、浮脈の反対で、軽く触れても解らないけども、力を入れて脈をとると解るものです。
「石が水の底に沈んだような脈」と言われいます。
沈脈は病気がない場合にもよくみられます。
特に寒い冬などは沈脈になりやすいです。
沈脈で力がある場合は病邪が裏(体表でなく体内)にある状態と判断します。
たとえば沈で遅、弦などの場合は裏に寒邪があります。
沈で数、洪大などの場合は裏に熱があります。
沈脈で力がない場合は裏が虚していると考えます。
陽気の不足、気血の不足があります。
ただ、陽気の不足、気血の不足でも必ずしも沈にならず浮になる事もあります。
陽虚で脈が浮に成る場合は陽の気が脱しようとしている重篤な場合があります。
また気虚、血虚の場合も浮脈になる場合は症状がひどい事が多くなります。

浮脈

浮脈は脈が浮いている状態です。
脈が浮いているとは、脈の部分をかるく触ると強く感じるけれども、強く押すと触れにくくなるものです。
邪気が体表にある場合と、気虚を意味する場合があります。
邪気が体表にある場合とは、風邪などの引き始めなどによくみられるように、急性病の始めによく見られます。
邪気の性質によって、浮でも軟らかい脈になったり、固い脈になったりします。
気虚の場合は、一般的には大きくて軟らかく、すこし締まりがない感じの脈になります。
気には体表を引き締める力があり、この力が不足するためです。

結脈と促脈

結脈と促脈はどちらも不整脈ですが違いがあります。
結脈は、遅脈の状態での不整脈です。
陰気が盛んで、気の流れが悪くなっている時に見られます。
血流は瘀滞して気が不連続になっています。
寒痰が心脈に停滞している場合などによく見られます。
病気が長引いて体力を消耗している状態です。

これに対して促脈は数脈の状態の不整脈です。
陽熱が盛んな場合とか、気血食痰などの鬱の場合にみられます。
正気と邪気が激しく争うと化熱して脈は速くなります。
この時に邪気によって一時的に脈気がつながらなくなると不整脈がおこります。
邪気がつよい場合は脈も速いだけでなく強くなります。
病気が長引いて正気が虚してくると脈も弱くなります。

遅脈

遅脈は、数脈の反対で、遅い脈です。
脈は熱があると速くなり、冷えると遅くなる傾向があります。
ですから遅脈は、冷えを意味します。
この場合は、冷えは、陽虚などのように身体が温める力が不足している場合と、「寒」邪をうけた場合があります。
陽虚の場合は、腎陽虚、脾陽虚、心陽虚などがあります。
これは、冷えている場所の違いですが、実際的には症状の違いになります。
寒邪の場合は、表裏を考えます。
また寒邪が長く体内に居座る宿寒の場合もあります。
あまりに脈が遅く、また不整脈を伴う場合は心臓に問題がある場合がありますからお医者さんの診察を受けて下さい。

これ以外に正常な遅脈もあります。
例えば、若い頃に激しい運動をしていた場合は心臓のポンプの力に余裕があります。
身体がスポーツに順応するためです。
この場合は運動していない時の脈は遅脈になります。
漢方的には、このような人は適度な運動を続ける事が大切です。

数脈

数脈とかいて、「さくみゃく」と読みます。
速い脈です。
速度だけの問題ですから、脈診の初心者でもすぐにわかる脈です。

非常に早い脈を疾脈と言いますが、漢方的な意味は同じで程度の違いになります。
数脈は一般的には熱を表します。
風邪や発熱性疾患で体内に熱がある場合に数脈になります。
ただ数脈がすぺて熱かというとそうとも言えません。
数脈には気虚の場合と血虚の場合がよくあります。
気が充分にあれば、心臓はゆっくりと、力強く血液を送り出します。
ですから、多少の運動でも数脈にはなりません。
心臓が押し出す力が充分でないと、少し動いただけで血液の供給量が不足して心臓がバクバクします。
これが気虚で数脈になる理由です。
また、血が不足しても血液の供給量が不足して、心臓がそれをカバーしようとして数脈になります。
簡単に言えば心が空回りしている状態です。
この場合は多くは、動悸や息切れが見られます。

脈診について

今回より脈診について、少しずつ書いていこうと思います。
私は鍼灸師の免許を持っていますから、自由に漢方的な脈診をする事が出来ます。

脈診をする時は、いろいろな流派があります。
一般的には、次指(人差し指)、中指、薬指の3本の指を橈骨動脈にあてて脈診をします。
この時、次指が手首にくるようにて、3本の指をならべます。
次指にあたる部分を寸脈、中指にあたる部分を関脈、薬指にあたる部分を尺脉といいます。
寸脈は上半身、関脈は身体のまん中、尺脉は下半身の意味があります。
右手は気にかかわるので、寸は肺 関は脾 尺は腎陽(命門)となります。
左手は血にかかわるので、寸は心 関は肝 尺は腎陰 となります。

治則 宿火

いろいろな宿邪は体内に長期に止まると化火する事が多くなります。
そのため宿邪の中では宿火が一番多くみられます。
宿火の治療は宿火が何処にあるかによって違いがあります。
多くは温病の理論「衛気営血」辨証を用います。
例えば李振波という中医師は白血病を伏気の温病の理論で治療しています。
また張志堅という中医師は温病で用いられる昇降散でアレルギー性の紫斑病性腎炎、アレルギー性血管炎、シーグレン症候群、非細菌性尿道炎などを治療しています。
アトピー性皮膚炎も宿火の一種ですが、宿火が血分にある場合、気分にある場合、衛分にある場合などで使う漢方も異なってきます。
またヘルペスなどのウイルス疾患も宿火の一種と考えます。
清熱解毒の板藍根などがよく使われますが、これはインフルエンザにもよく使われています。
ヘルペスは宿火ですが、インフルエンザか外邪です。
この違いはありますが、使う漢方は良く似ています。

中国研修

中国の広州中医薬大学附属病院の研修団の団長として行ってきました。
今回の研修の中では、耳鳴りの臨床研修が良かったです。
中国各地から、どの病院でもお手上げ状態の患者さんが多数訪れていました。
数十年の耳鳴りも含めて70%の効果があるとの事でした。

治則 宿燥

宿燥の場合は、身体が乾燥するという事で津液不足や陰虚と混同しやすくなります。
しかし、両者には虚実の違いがあります。
宿燥の場合は、津液を補う事や陰を補うだけでは駄目で、必ず去邪する必要があります。
例えば桑杏湯などです。
辛味で潤すという概念も、津液不足に対してよりも宿燥に対して有効と思われます。
勿論、燥邪が長く去らない理由として津液不足や陰虚が関係する事も多くあります。
この場合は養陰清肺湯などが用いられます。
宿燥がある時に、滋陰のものだけを用いると邪気を閉じ込めてしまい、邪気がなかなか去らないという現象がおこります。
麦門冬湯に半夏が含まれているのは、これを避ける為と考えられます。
シーグレン症候群などの場合、ただ潤すものや陰を補うものだけを使っても思うような効果が出ません。
やはり宿邪を考えて去邪する必要があると考えられます。

治則 宿湿

内湿の場合と宿湿の場合での治療の差はあまり多くはありません。
ただ、宿湿の場合は三焦辨証を用いる事が出来ます。
また、外湿の場合と違い、湿邪が長く居座る理由として正気の虚があります。
特に、脾と腎の虚が関係している事が多いので、健脾薬や補腎薬との併用が必要になる場合があります。
また、肺気を開く事により、宿湿を出すという治療方法もあります。
湿については、非常に範囲が広く、それだけで1冊の本になっています。
宿湿の場合、非常によく用いられる処方が藿香正気散です。

治則 宿暑

暑は、湿と熱があわさったものですから、宿暑と湿熱は区別がつきにくくなります。
たとえば、細菌やウイルスの感染が原因で湿熱が出来た場合は、内因性の湿熱とは少し区別して宿暑と考えます。
慢性的な前立腺炎で、雑菌や白血球などが見える場合などは宿暑の例です。
それ以外にも、慢性的な扁桃腺炎や腎炎などもあります。
クラミジアが原因の卵管炎、また一部の抗精子抗体なも宿暑と考えます。
子宮腺筋症の一部にもみられます。
その他、ガンジタ、水虫なども宿暑と考えています。
アトピーや湿疹にもよく見られます。
免疫性の不妊症も、免疫のバランスなので、湿熱と考えるより宿暑と考える方が良い場合もあります。
このように考えると、宿暑の範囲は極めて広いと考えられます。

湿熱は清熱解毒ですが、宿暑の場合は三焦辨証を用いる事もあります。
ただ残念な事に、三焦辨証に対しての方剤は日本では完備されていません。
ですので、銀翹解毒散と竜胆瀉肝湯を併用するなどの方法を考えます。

治則 宿寒

宿寒の治則は、もし寒邪が経絡に服している場合は温経散寒になります。
たとえば桂枝加朮附湯などを使います。
寒邪が下腹部に宿している場合、寒凝血淤という症状になる事が多くあります。
寒邪が宿する事で、下腹部に淤血が出来てしまうためです。
この場合は当帰四逆加呉茱萸生姜湯がよく用いられます。
同じ冷えでも腎陽虚の場合と使う処方が異なってくる事が注意点です。
また腎陽虚の主な症状は冷えであるのに対して宿寒の場合は痛みを伴う事が殆どというのが区別点です。
ただし、寒邪が長く去らない理由の一つには腎陽虚があります。
ですから、去寒だけに注意をむけるのでなく、補腎陽も考えて治療していく事が大切です。

原因不明の不妊症で、中医学的には宿寒が原因の事はよくあります。
冷えると血流が悪くなり、骨盤内に瘀血がたまります。
この状態が寒凝血瘀です。
一番の特徴は生理痛で、温めると楽になります。
生理の色は黒っぽくなり、塊が沢山でます。
同じような症状で、血熱や瘀血も考えられますが、舌や脈などで正しく判断する事が大切です。

宿寒があると、骨盤内が冷えて、子宮や卵管の動きが悪くなる事も考えれます。

治則 宿風

今まで宿邪の性質についてお話ししましたので、次にそれぞれの宿邪の治則について簡単にお話しします。

まず宿風の治則。
宿風の治則は去風です。
よく使われるものが桂枝湯、香蘇散などです。
また風熱の場合は銀翹散、麻杏甘石湯なども使われます。
外風の場合との違いは、外風は精気の虚がまだあまり進んでいない場合が多く、少し強めの去風薬を使い一気に外邪を追い出します。
しかし宿風の場合は慢性化しています。
宿風が長く去らない原因の一つとして正気の虚があります。
ですから、正気特に衛気の強化が必要となります。
代表方剤が衛益顆粒や桂枝加黄耆湯などです。
去邪(邪気をとりのぞく事)と扶正(正気を助ける事)のバランスが伏邪の治療ではとても大切です。
また、宿風は長時間体内に居座り続けるため、化熱する場合が多いですが、寒邪とむすびついて宿風寒となる事もよくあります。

宿邪 宿火

宿火の代表はヘルペスです。
ヘルペスはウイルスが体内の一部に居座って去らない状態です。
このような場合は宿火を去らないと何回も再発さします。
ただし、宿火が動く背景には正気の虚がありますから、扶正去邪が大切です。
肝炎のウイルスは宿湿の場合と宿火の場合があります。
というより宿湿と宿火が入り混じったものです。
ただ、どちらの邪気が強いかにより、治則は異なります。

また、色々な宿邪は最終的には化火して宿火になる可能性があります。
アトピー性皮膚炎、尋常性乾癬、歯槽膿漏、痔などは宿火の代表です。
中医には「火鬱は発之」という治則があり、清熱解毒と同時に発散する方法がよく用いられます。
例えば痔に麻杏甘石湯、アトピーに銀翹解毒散などを用いる場合などです。

宿邪 宿湿

外から入った湿邪がなかなか去らない状態が宿湿です。
脾虚などで体内で出来た湿は宿湿には入れません。
日本は湿度が高い国ですから宿湿は多く見られます。
宿湿は、外邪をうけてすぐに発症して、そのまま治らず湿邪が居座る場合と、外邪をうけてもすぐに発症しない場合があります。
前者の代表はリウマチとか腎炎などです。
後者の場合は細菌やウイルスによるものが多く、代表的なものはピロリとか肝炎です。
湿は風、寒、火と結びつきやすく色々な症状に変化します。
舌の苔が厚くなり、口がまずい、身体がだるいなどの症状をひきおこします。
この時、内湿との区別が難しくなりますが、内湿と宿湿では治則に大きな違いは無いので、明確に区別する必要はありませんが違う部分もあります。
内湿の場合は主に臓腑辨証を使って治療します。
伏湿の場合は温病の治法、特に三焦辨証が役に立ちます。

宿邪 宿燥

宿燥という概念は確かにあります。
しかし日本は基本的にあまり乾燥はひどくありません。
ですので、日本ではそもそも燥邪が体内に侵入する機会もあまり多くはありません。
このため宿燥もそう多くはありません。
処方では「麦門冬湯」や「百潤露」がそれにあたります。
宿燥の場合は多少風邪が合わさっている事が多いので潤すものに少しだけ発散するものを加えます。
辛味で潤すの概念になります。
たとえば少量の薄荷や菊花などが良いでしょう。
症状としては口の渇き、目のかわき、ながびく空咳などがあります。

中国の北京などでは冬の乾燥がものすごく、皆さん冬になると咳をしています。
この咳が春になっても治らない場合、宿燥と考えます。

宿邪 宿暑

暑邪がなかなか去らないで、体内にいすわった状態です。
なつばてなどはその代表的な例です。
その他には湿熱型の腎炎や慢性の前立腺炎などにも宿暑の存在があると思われます。
宿暑と湿熱は区別が付きにくいものです。
長年の胃腸疾患で、よく下痢をするような場合、清熱利湿の漢方を使ってもあまり効果が出ない事があります。
このような場合、かっ香正気散に少し清熱薬をあわせると効果が出る事が多いものです。

宿邪 宿寒

宿寒は、寒邪をうけて、それが体内にいすわっている状態です。
病気が長引き、痛み、ひきつれをともなう事が多くあります。
暖めると楽になるのが特徴です。
冷えといっても、陽虚との区別が大切で、虚実の違いがあります。
宿寒は、身体を冷やしたなどのきっかけがあったりします。
症状も陽虚によるものよりは激しくなります。
脈は沈微になる事もあり、また緊や弦になる事もあります。

よく見られる症状は、リウマチ、しもやけ、生理痛などです。

慢性的な肩凝りは、桂枝加葛根湯を使う事がありますが、葛根湯を使う事もあります。
葛根湯を慢性的な肩凝りに応用する場合は伏寒がある場合と考えられます。
また、蓄膿症に葛根湯加川きゅう辛夷が用いられますが、これは伏寒が化火した状態と言えます。
この場合は炎症があっても清熱しないで、辛味で発散した方が良い事が多いです。
勿論、化火が激しい場合は清熱剤も必要になります。

宿邪 宿風

宿風は、風邪(ふうじゃ)が体外から進入して、そのまま居座っている状態です。

代表的なものが花粉症です。
花粉症は、体内に伏風がひそんでいる状態で、花粉にふれると伏風が動いて、クシャミなどのアレルギー症状をおこします。
花粉の季節が過ぎると、症状はおさまりますが、伏風がとれない限り、毎年発症してしまいます。
宿風が居座り続けるのは、衛気の不足もありますが、改善には去風薬も必要になります。

多くのアレルギーには伏風が潜んでいると考えます。
花粉症以外で代表的なものが、尋常性乾癬、アトピー性皮膚炎、腎炎などです。
リウマチや膠原病の場合は、単純な風だけでなく、風、寒、湿の邪気が入り交じって体内に進入して居座り続け、化火したものと考えます。

この他、伏風は自律神経失調症にもみられる事があり、例えば桂枝湯などで栄衛を調和します。

中医の診察室

中国には漢方専門の総合病院があります。
何科、何科と別れていて、まるで西洋医学の病院のようです。
ですが、雰囲気は全然違います。
診察室のドアは開けっ放し。
診察している患者さんのすぐ後ろに次の患者さんたちが順番に列を作って待っています。
婦人科などデリケートな診療でも実にオープンで、待っている患者さんは診察の様子を観察しています。
お医者さんもそれを意識して、後ろに並んでいる患者さんの方を意識して話す事もよくあります。
特に治療がうまく言っている時など、ドヤ顔してアピールしています。
通路も患者さんでうめつくされて、賑やかな事このうえないです。
患者さんもお医者さんとタメ口で色々と注文つけたりと、面白いです。
とにかくエネルギッシュで、パワーにあふれています。
私も研修から帰ってしばらくは、中国パワーをもらって元気になります。
ですが、またエネルギー切れになるので、定期的な中国研修は必須です。

中国漢方と日本漢方の違い

中医学と漢方の違いは何でしょうか?
漢方薬というのは、「中国からやって来た薬」という意味なので、
中国で漢方薬と言っても意味が通じません。
「漢方薬」の事を中国では「中薬」と言います。
「漢方医学」は「中医学」と言います。

日本式の漢方は、この病気にはこの薬(風邪にか葛根湯、婦人科疾患なら當歸芍藥散)といった簡単な使われかたをしている事が多いようです。
中医学では「弁証論治」と言って、その人の体質や状態を詳しく分析して、状態を把握し、それにあわせた処方を考えていくという方法になります。
ですから中医学を習得するのは簡単ではありません。
中医学専門の大学があり、付属病院があります。
日本にいて中医学を学ぶのはとても大変ですが、中国の中医師に負けないように毎日頑張って勉強しています。